美しき霊が消える前の跡 (雪野灯)

 

 美しき霊が消える前

 夕焼けに照らされるもの

 影法師は延び、沁みが大気を侵す

 雨が降り注ぎ、時を暗いままにする

 狭間に隠れた蛙は田園で啼くが、

 いつかの子供がつけた足跡は見えないだろう

 美しき霊よ

 それは在るはずだった

 森に満ちた獣の声が、満月とともに昇りゆく

 太陽はそれに気づかない

 草原をなでる風はどこから来た?

 さざめく草はきっとその一律を

 寂しさの流動がもたらす出会いを知らない

 廃墟がもっていたかつてのざわめきのように、

 それは時にさらわれた

 どこへいった?

 ネオン街が作る虹や塵芥が沈む泥水を巡り、

 教室に満ちた青さや巨大な時計に残る傷を経て、

 滝の滴や電車の一両が帰りつく場所

 川を流れる水が始まりと終わりをつなぎ、

 広大な始まりにすべてが戻る

 閃光が弾けて広がり続けている今も

 儚いことは脆く、一瞬に輝きをもつ

 舞う粉雪と、それが触れたぬくもりのように

 

 

 車が走る高速道路の下、苔むした階段を登り、

 赤よりも明るい朱の鳥居を潜り抜け、

 神の社に手を合わせる

 高速で流れる光は薄れゆく闇にまぎれ、

 瞬く間に視界から消える

 上空に浮かぶ不動の光と同じように

 いつまでも絶えない街灯が

 ふっ――と消えるころ

 思いを馳せた

 美しき霊が消える前、その跡について